私は新潟県の盆地で生まれ育ちました。祖父母は畑と田んぼ、父と母は会社に働きに出る、といういわゆる兼業農家です。私たち子どもは、物心ついた時にはもう畑と田んぼの手伝いをするさせられるのが当然、という環境でした。
宿題をしていようが、お絵かきをしていようが、ジェニーの着せ替えをしていようが、招集命令が下ったら行かねばなりません。
祖母は手袋やアームカバーといった最強装備をしているのに対し、子どもたちはすっぴん。きゅうりや茄子のトゲが刺さろうと、爪に土(祖母は「べと」と呼んだ)が入ろうとお構いなしです。後々家に戻った後、ジェニーのドレスを触るのを躊躇ったり、トゲが気になって集中しにくかったりしたものです。
そんな我々の春は「すじまき」と「田植え」が待っています。
すじまきは、苗箱に土→肥料→土→お米を撒いて、水をやり、ビニルハウスに保管・管理する流れです。作業はベルトコンベアー式で、大抵子どもがやるのははじめの苗箱の補充、撒くお米の補充、ベルトコンベアーの最後に待ち構えて、積んでいく作業です。この作業は楽しいのです。空の苗箱は軽いし、動いているベルトコンベアーのいじるのは楽しい。
いよいよ田んぼに植える!という手前の作業、これが地獄でした。
すじまきで軽々しく持ってハウスに並べたあの子たちは、ハウスの中ですくすく育ち(祖父母の管理が良いのだ)、それはもう、苗箱の中でギッチギチ。それを水を張った田んぼに植え付けるため、もう一度肥料を撒いてから田んぼに植えます。
そう、もう一度ベルトコンベアーに通すのです。すじまきの時とは比べ物にならない重さの奴らを下から見るとびっしりと根が張っています。すじまきの時は楽しかった作業が、修行へと変わる。拷問と表現してもいい。時々水分補給はするけれど、腰を下ろすことは許されない。「あと何枚あるの?」と大人に聞きすぎて怒られる光景は、今もありありと思い出せます。
当時は今より涼しい風が吹いていたから、そして「これをやらねば食う米はない」という思いが子どもながらにあったから、毎年何があっても手伝っていたのだと思います。
そして、私は田植えをされた後の、すっくと立つ苗が美しくて大好きでした。
整然と真っ直ぐに植えられ、キラキラと煌めく水面から伸びる苗たち。朝日も、真昼も、夕方も、夜も、様々なものを映しながらただそこにいて成長する。土と水と太陽と風に支えられ、立つ。
そして成長すると様々な場所へゆき、誰かの血肉となる。そんな風になりたいものです。
と言っている私ももう随分米作りから離れていますが、田んぼを眺めると還ってきたな、と思います。
そして今日もご飯は美味しかったです。ごちそうさまでした。


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